Yuya Kumagaiのオフィシャルなブログ

ギタリストやカメラマンやロマンチストなどなどやってる熊谷勇哉による何気無いブログ。

水槽の肴

人で溢れかえったクラブの端で、会話の断片が永続的に聞こえてくる。置き去りになっているわけでもなく、一人でいるのを好んでいるわけでもない。ただそこに居合わせただけの何者かでしかない。

とりわけ悲しいわけでもなく、一人になれた喜びがあるわけでもなく、ただ全てが背景になっていくのを感じる。ただ、そこに居合わせてしまっただけの何者かなのである。

一杯のドリンクを途中までちびちび飲んでいたら、気づけばあそこの席にいた人たちが変わっていた。またちびちび飲んでいると、今度はこっちの席の人が変わっていた。同じとこに居続けていたのは僕だけだった。

 

目の前に大きな水槽があるのに気付いた。綺麗に彩られた水草や岩がゴージャスに思わせた。

大きな水槽の内側に暮らしていると魚たちは外の暮らしに目がいくのだろうか。毎日同じルーティーンになることを同じだと思っているのだろうか。我々よりも時の流れが早くて全てが変化に感じられるのだろうか。

となりの水槽は青く見えるのだろうか。

 

時々彼らは近寄ってきてはエサを欲していたり、種類によっては本能なのか食べるそぶりをする。ガラス越しに求められる欲求は僕らでは解決できないと手放せば、何事もなかったかのように諦めてあっちへ行ってしまう。

もし、例えば、多分、きっと、そんな言葉に引き寄せられていてはランチのフィッシュフレークはふやけたものを食べることになるんだろう。彼らは重々わかっているのだろう。全ては空腹のため、それ以上でもなければそれ以下でもない。

 

ある日水槽を掃除するタニシが自分だけが外を覗ける場所を作るためにせっせと動いた。これでどうだと何度もチャレンジするが、結果は同じだった。これ以上動くと自分がどうにかなってしまうと思ったタニシは水槽で生きることを諦めてフィッシュフレークを食べるために鍛え始めた。

 

タニシは魚になるべくまずは壁にはいつくばるのをやめた。なるべく自由に動くためだ。しかしそう簡単に出来るわけなかった。なので、より早く移動できるように相当動かした。

魚には劣るが、移動はタニシ1になれた。

タニシ1の移動速度は相当労力が必要なので、その分水槽が綺麗になっていくのを感じたタニシは、今の俺がいるから比較的綺麗でいられんだぞ、と自尊心を持つようになった。たしかに隣の水槽よりは青い。

ただ、まだまだタニシなのでもっと魚になるために泳げるようになろうと決心する。

するとどうだろうか、まるでクリオネのようにじんわりと水の中を動いていくではないか。尋常じゃない筋力を手に入れたためにタニシの枠をはみ出ていった。

だがまだまだエサを取り合うほどの力がないタニシは次なる作戦を決行する。

体を大きくすればあの小魚には勝てるんじゃないかと思いつく。だがエサの取り合いは壮絶で彼らでさえもエサを確保するのが困難だったようで、疲れ切った小魚にタニシは問いかけた。

「どうしてお前らはそんなにフィッシュフレークを食べ争うんだ。仲良くやろうじゃないか。」すると小魚は「仲良くなって食べたいだけじゃないのか?お前こそ最近コソコソ俺らの真似をしているそうじゃないか。」、「泳いで何が悪いんだ。こっちはな、水槽綺麗にしながら鍛えてんだ。ありがたみ足りてないんじゃないの?」、小魚は呆れてしまい仲間の方に行ってしまった。

 

次の日からタニシはタニシと言わんばかりに小魚がエサを食い尽くす。郷に従えなかった末路はとんでもなく茨の道で、また水槽を綺麗にするしかなくなった。ただ、この尋常じゃない筋肉を持て余すのはなにか勿体ない気がして、ありとあらゆる藻を食べるようになった。

すると驚くべきことが起こった。

藻を食べ過ぎて光合成をし始めた。

最初は何が何だかわからなかったが、これが人間のいう光合成なのだとしたらもしかしたら食べなくたってやっていけるかもしれないと思い、遂にはエサを狙うのもやめて、すっかり大人しくなった。

ただ、じっとしているのはつまらないので、筋力を維持しつつ、光をなるべく吸収し、それでいて清掃を完璧に行った。

魚たちは年老いていき、それでも同じルーティンを行い続けてた。

 

ある日、一匹の魚が水面に浮かんでいるのを見つけた。水槽の魚たちは今日も変わらず泳いでいる。

タニシは浮かんでいる魚に近づいて話しかけた。何も返してはくれなかった。急に寂しく悲しい気持ちに溢れ、でも目の前で何が起こっているのかはわからなかった。

次の日も彼はまだずっと浮かんだままだった。

同じルーティーンを続けられなくなったものは次はこうなってしまう、そう感じたタニシは急に焦燥感に襲われた。

 

そうこうしているうちに顔馴染みの魚たちは減っていき最後にはタニシだけになってしまった。

いよいよ、同じ運命を辿るのだと。ぷかぷか浮かぶようになったら人間がどっかに運んでいってしまって、行方不明になる。どんなに抗っても奴らは毎回運んでいくし、まあもう抗うことも誰もしていなかったのだけれど、1人になってなんとなく気付いた。

 

今までこの水槽で暮らしてたけど、たくさんの魚で溢れかえったこの水槽の端で、会話の断片を毎日同じように聞いてきた気がする。

置き去りになっているわけでもなく、一人でいるのを好んでいるわけでもない。ただそこに居合わせただけの何者かでしかなかった。

とりわけ悲しいわけでもなく、一人になれた喜びがあるわけでもなく、ただ全てが背景になっていくのを感じる。ただ、そこに居合わせてしまっただけの何者かなのかもしれない。

 

そろそろ飲み終わりそうなドリンクを横目に、楽しそうに帰っていく客を眺める。楽しい、それだけで十分だから、きっと自分も楽しかった。

 

いつだって自分は自分でしかいられないから、今日はそこに居合わせてしまっただけと。

 

 

 

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