嵐の夜、アメはずっと叫んでいるし、カゼは喧嘩を売りに来ているしいよいよ世も末だ。これじゃあ商売になりゃしねぇと店を閉める者がほとんどだった。こういう時に限ってタイヨウはなんもしちゃくれはしない。神様仏様云々カンヌン言ってる人は皆そう呟く。
飛行機に乗って雲の上を漂っていると、元気に光ってるタイヨウはそこにいた。なんだ、お前は今日も仕事してんのか、忙しいやつだな、飛行機に乗った人々は皆んな口を揃えて言った。
しかし地上へ降りればアメカゼのデモ隊による凄まじい暴動で誰もが悲鳴をあげた。するとどうだろう、我こそは生き延びてやると言わんばかりに食料を買っていき、そしてバリケードのための養生テープを量産買い込んでは侵入経路を遮断していった。
街中は暴動以外の音は一切せず、時たま現れる一般人に出会えば警戒され、正当防衛されそうになる。家に帰らなければ、、、そう感じたので彼らを避けながらもなんとか家の手前まで来た。
そこにはアメカゼに晒されまくったジハンキが独りで立っていた。助けてやろうとお金を差し出すとお礼に一本の缶をくれた。
こんなになってもお前は帰らないのかい?
ええ、私はこうする事でしか誰かを幸せに出来ないんです。こんな時だからこそこうさせてください。
こんな時だからって、お前は少々頭がいかれちまったんだな。ウリアゲってのに脅されてるんだろ?あいつらも今日ばかりは何もしちゃいないんだから心配するな。それにお前はいつも些細な幸せを人に与えてる。
いえ、それをし続けることをやめてはいけないのです。脅されているのではなく、義務なのです。これが私の仕事なのです。そっとしておいてください。多少の痛みなら耐えられるので気にしないでください。
彼の弁明はとても悲しくなった。確かにお前はそれが仕事だし、義務ではあるけど、こんな暴動が起きている時にまでずっと立ち続けているなんてこっちまで淋しい気持ちになる。
デモ隊の暴動が加速する中、叫び声と物が壊される音の中で何食わぬ顔をしてそこに居るジハンキがなんだかもの悲しかった。
コンビニに行けば閑散としていて、辺りは人の気配すらない。ガスコンロも全て売り切れていて、きっとこれでアメカゼと交戦するんだろうな。飲料も無くなっていた。
自分で目先の自分の身を守ることは得意な生き物だ。少し先になれば前のことは忘れてまた無防備になる。自分たちはまだ生かしてもらえると思っているのだろう。
今回のデモだって計画的に行われた。規模感も勢力も全て提示した上でいついつ暴動起こしますと告知までしていてくれていたのに我々はこれだ。何かする人の方が少ない。無知が悪いのではない、なんとなくでいつもと同じだろうというのが自分を苦しめる。
日常の些細なことだって全ては些細なものから大きなものまで困難で溢れているのに、我々は鈍感なのである。
もうすぐで家に着きそうだというのに後ろからカゼになぎ倒され、コンクリートに打ち付けられた。
こんな時に外に出ているのが悪いんだ、誰だか知らんけど痛い目にあってもらうよ、カゼは告げた。
やつに負けじと立ち上がり家がばれないように少し迂回して巻いた。もう少しでやられるところだった。するとアメが急に叫び出し始めた。
お前はもう家には帰れないさ、玄関の前に湖を作っておいた、帰りたければ泳いで帰るしかないさ。
デモ隊に包囲されていることを知ったからには何が何でも帰って隠れるしかないとおもい、泣きそうになりながらも恐怖と共にただひたすらに湖を泳いだ。
気温は十何度、水温が熱を急速に奪う。肩まで浸かるほどの湖、その端まで泳ぐのに途方に暮れてしまいそうだった。その間も湖はかさを増し、溢れ出たアマミズの流れでうず潮が発生した。手足はマヒしてきて段々動かなくなっていて、このままでは本当に流されて死んでしまう、死に物狂いで岸を目指した。
なんとか岸にたどり着いた時、息絶えだえになりながら向こう岸を見つめると、遠くにあのジハンキが見えた。あいつは暗がりで明かりを発し続けていた。
明日もあいつはあそこにいるのだろうかと、自分の非力さや浅ましさと、少しの羨ましさを悔いた。
しかし、ボロボロになりながらもやっと着いた玄関のドアを開ければそこは日常だった。
点けっぱなしのテレビ、食べ終わった後の食器が机に並んだまま、気付いたら服は濡れていなかった。
ソファにつくと今日のことを思い出して笑ってしまった。
今日はデモの日だったはず、とチャンネルを変えても変えても何もそのことは放送されていなかった。
外は暴動の音は一切聴こえない。隙間風の音が聴こえるだけだった。
どういうことか理解できないまま数日が経ち、タイヨウが自分だけに喋りかけてきた。
この前は大変だったね。でも君は鈍感すぎるよ。その日は台風の影響で雨や風がものすごかったんだ。でも、本当に君は鈍感なんだね。
今日もそこには日常が訪れていた。
嵐の夜も私にとっては日常だった、はず。
そう、普通の日常だった、はず。